大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和50年(わ)477号 判決

主文

被告人和田敏雄を懲役二年六月に、被告人佐藤勇雄及び同中山政一を各懲役二年に、被告人江口正行を懲役一年六月にそれぞれ処する。

被告人江口正行に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収してある麻薬三袋(昭和五一年押第九号の1の1ないし3)を被告人和田敏雄から没収する。

理由

(罪となるべき事実)

第一、一、被告人和田敏雄、同佐藤勇雄及び同中山政一は、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、昭和五〇年一〇月一日ころの夜、新潟駅前の飲食店「吉野茶屋」においてその旨の共謀を遂げたうえ、被告人和田において、同月九日、さきにタイ国内で購入した麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類である粉末約九〇グラム(昭和五一年押第九号の1の1ないし3の麻薬はこの一部)を覚せい剤と誤認して携帯し、同国バンコク発のスイス航空会社三〇六便に搭乗し、同日午後一〇時三〇分ころ、東京都大田区羽田空港所在の国際空港羽田飛行場に到着して本邦内にこれを持ち込み、もつて右麻薬を輸入し、

二、被告人江口正行は、同月四日新潟県豊栄市早通南五丁目一番八ノ一四号の自宅において、被告人和田が、法定の除外事由がないのに、営利の目的で、覚せい剤を本邦に輸入せんと企てていることの情を知りながら、同被告人に対し、その購入資金などとして現金七六万円を貸与し、もつて同被告人らの前記犯行を容易にさせてこれを幇助し、

第二、一、被告人和田、同佐藤及び同中山は、税関長の許可を受けないで覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、同年一〇月一日ころの夜、前記「吉野茶屋」においてその旨の共謀を遂げたうえ、被告人和田において、同月九日午後一〇時三〇分ころ、さきにタイ国内で購入した前記麻薬を覚せい剤と誤認して携行し、同国バンコク発のスイス航空会社三〇六便に搭乗して前記国際空港羽田飛行場に到着した際、東京都大田区羽田空港二丁目五番地東京税関羽田税関支署旅具検査場において、通関手続として旅具検査を受けるにあたり、右麻薬を所持していたにもかかわらず、同支署係員に対し、その事実を秘匿し、申告すべきものとしてはさきに申告した酒類など一一点である旨虚偽の申告をし、もつて税関長の許可を受けないで右麻薬を輸入し、

二、被告人江口は、同月四日前記同被告人方において、被告人和田が税関長の許可を受けないで覚せい剤を本邦に輸入せんと企てていることの情を知りながら、同被告人に対し、その購入資金などとして現金七六万円を貸与し、もつて同被告人らの前記犯行を容易にさせてこれを幇助し、

第三、被告人佐藤及び同中山は、法定の除外事由がないのに、共謀のうえ、営利の目的で、

一、同年一〇月一一日午前三時ころ、新潟県三条市大字荒町五〇二番地渡辺ハウス前路上において、高橋元行に対し麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類である粉末を覚せい剤と誤認して売り渡す交渉をした際、同人に対し松永義章を介して同じ粉末約〇・三グラムをその見本として譲り渡し、

二、同月一二日午後七時ころ、同県豊栄市白新町一丁目六番一六号の三林義文方において、同人に対し、麻薬である前記同様の粉末九・九二九グラム(昭和五一年押第九号の2)を覚せい剤と誤認して代金二五万円で譲り渡し、

第四、被告人佐藤は、法定の除外事由がないのに、同年一〇月一一日午前三時前ころ、前記渡辺ハウス内の高橋元行方において、阿部某から麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類を含有する注射液約〇・二五CCを、覚せい剤と誤認して、自己の腕に注射してもらつて施用し

たものである。

(証拠の標目)(省略)

なお、被告人佐藤勇雄及び同中山政一の弁護人は、被告人らは本件の薬物を覚せい剤と誤認していたものであるから、被告人らには麻薬の輸入、譲渡あるいは使用に関する故意がなく、従つて検察官主張のごとき麻薬取締法違反の罪は成立しない旨争うので検討してみるに、麻薬取締法所定の麻薬と覚せい剤取締法所定の覚せい剤とはいずれも強烈な中毒性と習慣性のため人の心身を蝕み、ひいては社会の保健衛生に重大な危害を及ぼすことの多い薬物であるがゆえに、右の各法律においてその濫用を取締るべく酷似した各種の罰則がもうけられているものであることに照らして考えるならば、右の各罰則の対象となる行為は、必ずしも、当該薬物が麻薬であるか、あるいは覚せい剤であるか、そのいずれであるかの確定的な認識にもとづくものであることを要しないものと解するのが相当であるから、被告人らが本件麻薬を覚せい剤と誤認したからといつて、麻薬取締法違反の罪に関する故意を否定すべきいわれのないことは明らかである。

(法令の適用)

被告人和田敏雄の判示第一の一の所為は刑法六〇条、麻薬取締法六四条二項、一項、一二条一項に、判示第二の一の所為は刑法六〇条、関税法一一一条一項にそれぞれ該当するところ、同被告人は判示第一の一の罪を犯情の軽い覚せい剤を輸入する意思で犯したものであるから、刑法三八条二項、一〇条により同法六〇条、覚せい剤取締法四一条二項、一項一号、一三条の罪の刑で処断することとし、判示第一の一の罪につき所定刑中有期懲役刑のみを、判示第二の一の罪につき所定刑中懲役刑のみをそれぞれ選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の一の罪の刑に同法四七条但書の制限に従い法定の加重をし、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で、同被告人を懲役二年六月に処することとし、押収してある麻薬三袋(昭和五一年押第九号の1の1ないし3)は判示第一の一及び第二の一の各犯罪を組成した物で、同被告人の所有に係るものであるから、麻薬取締法六八条本文、関税法一一八条一項により同被告人から没収することとする。

被告人佐藤勇雄及び同中山政一の判示第一の一の所為は刑法六〇条、麻薬取締法六四条二項、一項、一二条一項に、判示第二の一の所為は刑法六〇条、関税法一一一条一項に、判示第三の各所為はいずれも刑法六〇条、麻薬取締法六四条の二第二項、一項、一二条一項に、被告人佐藤の判示第四の所為は同法六四条の二第一項、一二条一項にそれぞれ該当するところ、右両被告人は判示第一の一、第三及び第四の各犯罪をそれぞれ犯情の軽い覚せい剤を輸入し、譲渡し、使用する意思で犯したものであるから、刑法三八条二項、一〇条により、判示第一の一の罪については同法六〇条、覚せい剤取締法四一条二項、一項二号、一三条、判示第三の各罪については刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項二号、一七条三項、判示第四の罪については同法四一条の二第一項三号、一九条の罪の刑でそれぞれ処断することとし、判示第一の一の罪につき所定刑中有期懲役刑のみを、判示第二の一、第三の各罪につき所定刑中いずれも懲役刑のみをそれぞれ選択し、被告人佐藤については判示第一の一、第二の一、第三及び第四の各罪、被告人中山については判示第一の一、第二の一及び第三の各罪がそれぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、いずれについても同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の一の罪の刑に同法一四条の制限に従い法定の加重をし、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号により酌量減軽をした刑期の範囲内で、右両被告人を各懲役二年に処することとする。

被告人江口正行の判示第一の二の所為は刑法六二条一項、麻薬取締法六四条二項、一項、一二条一項に、判示第二の二の所為は刑法六二条一項、関税法一一一条一項にそれぞれ該当するところ、同被告人は判示第一の二の罪を犯情の軽い覚せい剤の輪入を幇助する意思で犯したものであるから、刑法三八条二項、一〇条により同法六二条一項、覚せい剤取締法四一条二項、一項一号、一三条の罪の刑で処断することとし、判示第一の二の罪につき所定刑中有期懲役刑のみを、判示第二の二の罪につき所定刑中懲役刑のみをそれぞれ選択し、右はいずれも従犯であるから刑法六三条、六八条三号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の二の罪の刑に同法四七条但書の制限に従い法定の加重をした刑期の範囲内で、同被告人を懲役一年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例